一筆の息吹

 ギンギラギンに程遠い夏が過ぎ去ろうとしている。
遅かった梅雨明け。日照不足で野菜が高騰と相変わらずいやなニュースを我日本のマスコミは得意として放映しているようにだ。もっと良い方向でニュースを流してもらえないだろうか。
 さてまだまだ蒸し暑い京都だがもう8月も終わろうとしている。
 小社クライアントからは冬の企画物、正月の企画物、來夏の企画物の依頼があるがエアコンの中に居ると季節感がなくなる時がある。
 先日陶人形師の金谷禄山氏の来年の干支人形を撮影した。
 近年、デジタルになれた私は金谷氏の作品を見るとほっとする。デジタルでは語れない一つ一つの筆使いに作家の息吹を感じる。近年中国輸入の陶人形が全国のお店にも多くみられるが日本古来の文化的作品は日本人しかわからないし、できない。
彼の作品に日本人の感性を見た。 一筆の息吹が金谷氏の陶人形に感じた。
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ふたたび徳島へ

 今日は京都の殆どの地域で地蔵盆。子供達は地蔵盆の楽しみと残り少ない夏休みの寂しさと宿題が残っているのにあせっているだろう。(このコメントはこの時期から宿題をいつも始めていた・・・私だけの事かもしれない。)
 そうこう思いながら大人はお地蔵さんの前のテント貼り、準備と忙しかったようだ(徳島の準備で私は後で「本当です」手伝うつもりでした)が女房任せになってしまった。女房の話によると準備は総選挙が近く各政党が準備の手伝いをしてくれ助かったらしいが、いつまでこのような行事を手伝ってくれるのだろう?
 徳島といえば19日に宇治市の全国有名盆踊り大会に見るだけの参加のつもりで行ったが、最後の阿波踊りに引っ張り出され適当でいいと思っていたらきっちり指導を受けたがタコ踊りになっていたと思うが大汗をかいてスッカーとストレスが解消されたような気分で爽快だった。
 昔は学区毎か小学校毎に盆踊りがあったものだが人口が少なくなったせいか、カラオケ大会に代表される遊びの多様化で準備とヤグラを建てるのに予算が生み出せない盆踊りは敬遠されているらしい。もう一度日本の夏の風物詩をどこの街もが復活して欲しいものだ。
 6月に伏見工業会の旅行で徳島へ来たが本日は明日の準備(一寸した話)をしなくてはならないので、今日はあまり酒も飲まずにかしこくして今の時間にブログをホテルで書いて明日の構想を練っている。今日は得意の夜はクネクネは無しにしよう。

蝉の生態系まで変わってきたの?

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 しばらくぶりの更新。蝉が鳴くたびに気になっていたので盆休みに私の両親、女房の両親の墓参りに行った時、久しぶりに夏らしくお寺中に蝉の喧しいほどの鳴き声が響き渡っていたが、少し前私の子供の頃からの友人が、この頃羽根が茶色いアブラ蝉が居なくなったと言っていたのでお寺の境内で泣いている蝉を探すとあちらこちらに低い木に蝉がいたが、アブラ蝉が居なく羽根が透明の蝉ばかりで、クマ蝉?名前はわからないが皆羽根が透明で昔のアブラ蝉ミンミン蝉は見つけられなかった。夏休みの昔の楽しみはカブトムシ採集、蝉取りが定番で大抵の昆虫の名前は知っていたが今は昆虫も地球温暖化で変わってきてるのだろうか。誰か教えてほしい。

変わらない休み。

 梅雨も明け本格的な夏となったが、昔の様に気分がうきうきとならないのは年のせいか?
さて金曜日遅く東京から帰り、土曜日の予定が空白で迷ったあげく釣り船を予約し、舞鶴に一直線。まるで子供である。早くも盆休みの会社が多いせいか、高速道路1000円乗り放題のせいか結構車が多い。しかしこの時期昔は京都市内から日本海へ行く車は若者、家族連れの海水浴の人達が多かったのにあまり見かけなくなった。遊びの多様化で夏は海という単純な発想は今のファミリー、若者には無くなったみたいだ。長い梅雨があったにせよ真黒に日焼けした人達をあまり見なくなった。
 そう思いながら多少の混雑は何のその、お魚さんの待っている東舞鶴漁港へ到着。釣好きのおっちゃんが私より早く来て、私が着くなり挨拶は二の次で暑いですなー今日は釣れますやろかとまづは釣りの話で盛り上がり皆さんが昔からの友人状態となっていた。
 カンカン照りの空はは始めの一時間程で後は曇りとなり夏の釣には最高の気温となった。常連のおっちゃんが初っ端から大ぶりの真鯛を釣ったが私には何故か鰺ばかり。良型だったのでまあいいかと機嫌よく夕方までまあまあの釣果で夜釣りに突入、鰺、鯛、鯖と狙っていた魚が夜になると次々に上がり出し、竿がギューンと曲がり期待して上げるとメバルに近い大型のハマチ・・・・普通喜ばなくてはいけないのに季節はずれの魚はあまり美味しくないので(俺の狙いは大鯛かヒラメや)とブチュブチュ一人ごとをいいながらも十分土産ができたのでマイカ釣りに切り替えたが時間的に余りなくマイカ一杯のみで納竿。あーあと釣果に満足はしつつなんとなく釣れる魚に違和感を覚えた。温暖化のせいで海も季節感が変わってきたのが気になる。・・・・・・・
 朝の1時に料理人の友人宅に到着。小学校一年生からの友人で世話になっているお母さんが私の釣る魚をいつも楽しみにしてくれるので、適当に俺の家分料理してくれて、鯛と鯖はお母さんとこ持って行ってくれの一言でもう50年の友人にはすべてがわかる。
 家に帰り風呂に入り寝ようとしたらヒェー3時しんどい筈だ・・・ガーガー
 それでも早く目が覚める。あーあー
 朝からの予定、濡れたもの匂いの付いた者の洗濯、釣り道具の洗い、整理をしようと朝食を済まして外を見たら雨。梅雨はもうすんだ筈なのにアーア、予定が狂ったがやはり体がまだ船に乗っているようだ船酔いはしないのだが夏の釣りの疲れは簡単には取れなくだらだらしていたが昼から夕方まで釣り道具の整理と洗っていたら女房からキツーイ一言、疲れているようだけど釣り道具の片づけは熱心ね~。・・・・・・・・・
 そんな事言われながら夕食は鰺、イカの刺身、鰺のフライ、鯖焼きと釣ったお魚が並んでいた。捌いてくれた友人に感謝。自然の恩恵に感謝。

真の「トビウオ」は水着を選ばない。

 8月になり、やっと梅雨が明けたところで我ブログも気分転換でテンプレートを変えてみた。
先月末から始まった水泳の世界選手権が終わり、背泳の古賀選手、入江選手、バタフライの松田選手がメダルを取り水泳日本の面目が保たれたようだ。その最中に「フジヤマのトビウオ」古橋広之進さんが逝去された。現役の頃は私もまだ生まれてないので良く知らないが、昭和23年のロンドンオリンピックは英国が野本の参加を拒否し不参加となり金メダルはまぼろしとなったが、昭和24年の全米選手権では1500・800・400・800メートルリレー全てで世界記録を出し「フジヤマのトビウオ」の称号を得、引退後には国際水連副会長、JOC会長等要職につかれ日本のスポーツ振興に貢献された方だ。御冥福をお祈りします。

 さて、水泳の競技自体が変わってきたとお思いの方が沢山おられるでしょう。私の中学生、高校生時代は一番水泳部が親に金銭的負担が無いスポーツだった。まだ各学校にプールが設置してない時代だが近隣の学校をお借りして水泳の練習は出来た。他の体育部と違い男子は僅か1000円までの競泳水着を買ったら他になにも買わなくてよいし金銭負担は皆無のクラブだった。
 今の水泳競技はどうだろう。スポーツメーカーの代理で泳いでいるように見え、スポーツ本来の楽しさが無くなってきたように見える。水着の開発競争により作った記録が本当の記録?昔の水泳に携わった人たちはそんなの記録でも何でもないと思っておられると思う。
 
人間本来の泳ぐ美しさ、力強さに興味がある。
 水着を着るのに一人で着られない。着る時間に30分競技をしている時間の何十倍も着るだけでかかるスポーツて他にあるだろうか?
 色々な人種が参加出来、開発途上国の方も記録を作れ参加できるスポーツが競泳だと思う。
 石油で作った水着はプールの中でいらない。古橋広之進氏もきっと同じ思いではないだろうか。
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太野垣修二

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