春らしく気分一新

 先日東京柴又に足を運び、寅さんミュージアムでタコ社長の活版印刷機を見てしばし当時の親父の仕事を思い出したが、当時は本当のアナログ世界で独自の考えが芽生え又独創的な考えが生まれる時代だったと思う。時代は進化して印刷物も刷れるまでほぼデジタルで出来る。当然デザインもデジタルで行うのが大多数となりアナログが取り残されているようになったと思うのは私だけだろうか。
 親父もそうだったが職人気質で独創的すぎて周囲の皆さまといざこざが絶えなかったのを覚えている。
 私と会社のテーマはアナログとデジタルの融合。アナログでしか出せない奥深さはアナログで広告宣伝はデジタルとアナログの使い分けにあると思う。

 還暦を迎えた時から水墨画等に挑戦しかけ、忙しく出来なかったとは言い訳で元来の飽性なだけだ。
 しかしながらカメラ・料理・釣りと趣味の領域も広がってきているのだがどれといって巧いものなし。しかし挑戦する事に勝手に価値があると思うようになり、仕事にもあれとこれと組み合わせたらクライアントが喜ぶ制作物が出来るのではないかと創造性が豊になったのは事実であり、新しい仕事の領域も広がった。

 近頃、絵手紙が流行ってきたのか私にも凝った絵手紙がたまに来るようになった。絵手紙って閑な人が描くんだろう、あんな小さいスペースで何が面白いのと思っていたが、いただいた絵手紙を見るとしっかり絵と文章を見てしまい又捨てる気にもならない・・・・ふーん、このアナログが人を引き付けるんだと気がついた。
 又、描く事により右脳も活性化すると聞き、先日より絵手紙にたった2度だが挑戦するようになった。恥ずかしながら、ゆうまずめの川辺と誰かを祝おうとして描いた花です。

 ゆうまずめの川辺
螟墓坩繧契convert_ゆうまずめ

 蘭のつもり
陂ュ邨オ謇狗エ・001_convert_蘭
スポンサーサイト

京都伏見工業会例会にて坐禅研修

gyomoku.jpg
 昨日、京都伏見工業会月例会で初めて黄檗山万福寺で坐禅研修があり参加した。
 なんと40年ぶりの坐禅で足がもつか?それのみが心配だったが、集合すると今までになく工業会の仲間は楽しみにしていたようで笑顔での参加だった。
 食事から始まり、和尚より食事の作法を教わり、食器の並べ方、食事時は無言、器を口元まで持って食し合掌から始まり合掌で終わる。ご飯、あげの味噌汁、ヒジキ、たくあん2枚の粗食だが今の私には十分だ。たくあん2枚に意味があり一枚はおかずとして、後一枚はお茶と一緒に器を綺麗にして頂く。買った食器を布巾にたたんで食事研修を終了。

 次に法堂にて坐禅研修へ・・・和尚から坐禅の由来と意義が話された。坐禅の歴史はお釈迦さまが7日間足を組まれてさとりをおひらきになったのが始めで、坐禅時は生活を一時でも忘れ無我の境地になり、五感生かし他を気にしないと教わり、坐禅が始まった何回も経験があるとはいえ足が痛い・・・和尚が前に来られたので合掌し警策にて方を差し出し左右3回ずつたたかれ気合を入れたところで今日の短い坐禅は終了で多少なりとも煩悩が祓えたかも・・・

 最後に和尚の法話を聞き、「生活の中に禅がある」とおっしゃった事を自分の心に刻んで歩みたい。
 今回、企画していただいた伏見工業会、万福寺に感謝。
syamuso.jpg
zazann.jpg
kennsyuusyo.jpg
daiyuuhoudennmae.jpg
houwa.jpg
daiyuuhoudenn.jpg

親父との思い出が・・・・・

 早や3月となり、時の経つのは本当に早いものだと感じながら事務所のカレンダーをめくった。

 昨日、東京の会議の後、フェイスブックでもアップして重複しますが、柴又の帝釈天と寅さんミュージアムに行きました。帝釈天への参拝後、寅さんミュージアムへ・・・

 入場してしばらく進むとタコ社長の印刷工場が再現されていました。
昭和30年代の活版印刷機でしょう。私の親父が独立して家の隅に導入したのとほぼ同型で、しばらく見ていると当時の親父の姿が走馬灯のように甦ってきました。
 勿論中古機械で今の印刷機とは比べ物にはなりません。当初工場は電灯線しか無く、機械が動くたびに電気が薄暗くなったり、買ったばかりのテレビ(白黒、ブラウン管)の画面が縮小してました。残業すると家中に機械音が響き渡って中学生の私は宿題どころではありません(本当は音とは関係ありません)家の横には国鉄奈良線、片方には京阪電車と騒音に慣れる環境でした(笑)
 工場が家の隅にあったので鉛、インキ、シンナーの匂いにも慣らされました。今考えると音と匂いは親父を連想するのかも知れません。中古機械なので直に故障し、そのたびに母にどなり、時にはモーターと機会をつなぐベルトが切れチャリンコで京都駅近辺の道具屋に買って来い。欠字があるから活字を直に活字屋まで買ってこいと、常にどなりちらしてました。当時の工場はトタン屋根で冷房なんてありません親父の姿は上半身裸かランニングシャツ、下はステテコ、夏は過酷でも全身汗ダラダラ出て汗とインキ、鉛、シンナーの合成が親父の匂いでした。

 しばらくそんな事を思い浮かべながらタコ社長の活版印刷機械に見入っていました。
 親父に感謝です。
繧ソ繧ウ遉セ髟キ蟾・蝣エ_convert_20130301175615

プロフィール

太野垣修二

Author:太野垣修二
創美へようこそ!

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

スパムロボット対策メーラー
ブロとも一覧
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

携帯でもみれます
QR