京の伝統・創作干支人形は飽きられず・・・

 梅雨空が続き京都も鬱陶しい日々となりました。九州地方が大雨らしく特に熊本県は地震災害の後、これ以上被害の無きようお祈り申し上げます。

 さて、6月も過ぎ去り夏を迎えようとしていますが、正月前後に良く売れる金谷禄山先生の干支土鈴が今の時期になってもポツリポツリ出ています。
 正直、正月前後は神社で買われる方も多く、価格的には多少高めなので問い合わせのみもあります。私も神社仏閣、京都のホテル、土産物店を見て回る事が多いのですが価格が飛び抜けて安いのは中国製が殆どです。何故神社が中国製?価格だけではないでしょうか?

 金谷禄山先生の陶房によくお邪魔してあれこれ意見を言い、情報交換をし、試作品を見、窯焼き、筆を入れられる所まで拝見しますが、作品一つ一つ丁寧な筆入れには感服いたします。

 しかし10年以上前とは市場は様変わりして中国の安い物が主流となり、清水焼と共に衰退産業になってきているようです。陶人形は作家の思いが伝わる作品で神社ではホンモノの祈りがある作品が一番だと思います。

 ホンモノが解る方がお正月が過ぎても飾りたいとおっしゃり購買していただく・・・本当にありがたい。
日本人が考案した陶人形は日本製でなければなりません。一度筆入れの姿も見ていただきたい気持ちです。
金谷禄山師陶人形
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京都は青紅葉の季節

 紫陽花が小社の花壇にも誇らしく咲き、京都の紫陽花の名所も観光客の皆様方が多く賑わっているようです。
昨日の大雨で紫陽花も息を吹き返したようで一層引き立っていました。
 しかしながら5月から夏日が多く梅雨に入ると京都独特の湿度が有り歳のせいかもしれませんが(笑)体がついて行けず
だるく感じます。
 気候変動の異変を感じぬ訳はいきません。まだ6月です梅雨はわかっていますが梅雨が明けると9月まで猛暑日が続くと思うと、私なりに温暖化を阻止できるように工夫した生活をしようと心がけなければなりません。
 電気の消費量を減らす。移動はなるべく徒歩、電車、食肉を減らす、これぐらいは誰も出来そうですね。

 京都の東山を観るとナラ枯れ現象が年を追う度に早く多く見られます。はっきり言って温暖化現象がおこす樹木の病気です。たまに東山トレイルを散策すると荒れ果てた樹木が多く見られ、死んだ倒木が行く手を阻む事が多く見られます。
 せっかくの山の散策道も危険きわまりない状態です。確かに東山トレイル近辺の社寺仏閣の名所と言われる近辺は緑が多く山の整備もされていますが、行政は目に見える所だけ整備して人が少ない所は予算がとかいい逃げているようです。

 今から京都の名所は青紅葉が美しいですので是非見ていただき近辺の山の茶けた姿を見て地球の温暖化に対する行政の怠慢を見てほしい物です。いつまでも美しい紅葉も青紅葉も温暖化対策を急がないと永遠と言う事はありません。
清水寺
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清水寺 青紅葉
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東福寺 青紅葉
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京都はひろーい

 昨日名古屋からの来客が有りました。
ある事業を京都で興されるようで住民の皆様との会話で中部圏との人間気質で戸惑っておられたらしい。
私が中部圏へ行くと戸惑う事が多く各地方の気質の違いが狭い日本でもよくある。
しかし灯台下暗し・・・・・京都の名所は何処に有り、何処の神社仏閣が観光客が多いとか四季折々の花が奇麗だとかは知っているが名所の歴史をきっちり語れる方は少ないのではないでしょうか?私もそうですが、観光シーズンにお客様を案内すると自分の無知がよくわかります。ウォーキングで写真を撮りながら古都を散歩するんですが歴史はそっちのけでした。つまり歴史を語れないので良い写真なんか撮れません。感性だけの画像になりがちで外国人の観光写真と何ら変わらないのです。歴史がわかれば当時の風景を想像でき感性と調和した写真も話も重みが有ると思います。

 さて私は伏見に居住し子供の頃は東山、結婚して右京、宇治と居を移していますが、京都市内は昔からの居住の方が当然ながら多く、山城地域は奈良、大阪に近いのと新興住宅街が多くベッドタウンとなり京都弁と大阪弁が入り交じっているようです。京都左京区に行けば福井と滋賀が近く山城地域とは温暖の差もあるかも知れず人間の気質も違うようです。
京都府は広く北部に行けば亀岡から綾部は大阪・兵庫県に近いが結構山に囲まれた失礼な話ですが中途半端な街になり行政の遅れがよくわかります。丹後地方、天橋立近辺は鳥取に近く市内から高速で約3時間かかり舞鶴地方はようやく昨年に京都縦貫自動車道が開通し、行政の遅れが地域の発展の遅れとなっているようです。舞鶴市は海上自衛隊があり歴史ある街ですが遠くて海水浴と釣り以外は思い浮かばない地域でした。丹後地方はその昔は街を歩くと織機の音が街の発展の音でしたが丹後ちりめんをされている工場も少なくなり寂しい感じです。
丹後地方の言葉と舞鶴近辺の言葉も又違います。丹後地方は鳥取方面の言葉が混じっているのか?舞鶴地域は福井の影響を受けてるのか?私にはわかりませんが今後は気をつけて話をすれば気がつく事がある筈ですね。
 本当に京都府は広いです。
まだまだ知らない事いっぱいあります。
 
 舞鶴湾神様が宿る島 冠島と満月
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清水焼陶器祭

 陶器まつり2016_convert_20160616112056
 恒例の清水焼と陶器祭8月7日(日)〜9日(火)まで行われます。小社がデザインから印刷まで受注させていただきましたが、少し子供の頃からの清水焼の思い出をお話ししたいと思います。

 私が育ったのは清水焼の陶房が沢山有った東福寺でした。小学校は今は統合され名前が変わりましたが旧校名京都市立月輪小学校、脱線しますが紅葉で有名なお寺ですが当時から紅葉の美しさは抜群で良く覚えていますが、観光客は全く来なかったですね。
緑の東福寺紅葉
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 中学校も統廃合で今の校名は京都市立泉小中学校となっているようです。
当時は月輪小の横を通り月輪中が通学路でしたが狭い路地端では清水焼の窯入れまでの作品、商品が並べられ、手ぬぐいを巻き頬冠りをした職人さんがよく見られ清水焼のメッカで空を見れば煙突から窯の煙がもうもうと上がっていました。
時が過ぎ窯も電気窯となり町の風景も変わりました。街の風景はそのままですが窯入れ前の作品を見られる事は少なくなりました。何故でしょうか日本全国の有名な焼き物の産地と同じように衰退した産業なのです。昨今の100円SHOPで陶器を買われる方が増え、使い捨てが美学となるような教えがここにも日本人が創った伝統文化が壊されつつあるようです。中国の焼き物が増え日本人が購入し、高級な日本人の作品が中国人の富裕層に買われる現象が増えつつあります。
御寺泉涌寺
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かっての清水焼のメッカの東にある天皇家ゆかりの泉涌寺がありますが、天皇家も嘆いておられるようでしかないです。
何故か・・・・日本の伝統産業が使い捨てになれた日本人の手により衰退させているからです。
8月の陶器祭には是非おこし頂き清水焼の良さを再認識していただく機会となれば。
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太野垣修二

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